Sightseeing Mitake-town
謡坂 マリア像
平和を祈念するマリア像
      御嵩町観光協会
          0574(67)0037

今に残る中山道


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和泉式部廟所牛の鼻かけ坂寒念仏供養塔耳神社謡坂の石畳安藤広重浮世絵モデル地一呑の清水御殿場休憩所山内嘉助屋敷跡

和泉式部廟所
和泉式部 廟所


 平安時代の女流作家として知られる和泉式部。その廟所と伝えられる場所が井尻地内にある。石碑には「ひとりさえ 渡れば沈むうき橋の あとなる人はしばしとどまれ」と記されている。
 情熱の歌人としてたたえられた和泉式部は、趣くままに身を処して東山道をたどったが、この地で病に伏し、現在の鬼岩温泉で湯治したものの亡くなってしまったと伝えられている。


          名鉄御嵩駅から 徒歩 30分、タクシー 5分
                     
牛の鼻欠け坂
牛の鼻かけ坂


 岩盤を削った急な曲がり坂で、中山道を往来する牛や馬の鼻が擦れて欠けるほど急であったことから、こう呼ばれるようになったという。
 「牛坊、牛坊、どこで鼻欠かいた、西洞の坂で欠かいた…」という唄も今なお残っており、当時の人々が難儀をした様子がうかがえる。


          名鉄御嵩駅から 徒歩 40分



                                                          
寒念仏供養塔


 切石で造られた石窟におさめられている三面六臂の馬頭観音像は、台座正面に「寒念仏供養塔」、左側には「維持明和二酉年」、右側に「八月彼岸珠日」と刻まれている。
 寒念仏は1年で最も寒い時期に、村人が白装束で集まり、鉦を叩いて念仏を唱えながら村中を練り歩く修行のことで、心身を鍛え願いを祈念した。


          牛の鼻かけ坂から数十歩



                                                         
耳神社
耳神社


 中山道沿いの岩山に建立された耳の病に霊験ありと伝えられる小社。願いがかなうと年の数の錐で編んだすだれを奉納するという非常に珍しい神社。現在も奉納されたすだれは絶えることがない。
 元治元年(1864)、尊皇攘夷をかかげた武田耕雲斎率いる水戸天狗党が「中山道」を西へ向かう途中、この耳神社の幟を敵の布陣とみて抜刀して通ったという逸話も残る。


          名鉄御嵩駅から 徒歩 45分、タクシー 10分



                                                           
謡坂の石畳
謡坂 石畳


 京から東へ向かう旅人は、「牛の鼻欠け坂」からこのあたりへと続く坂道に息をきらせた。そこで、苦しさをまぎらわすために唄をうたいながら坂を登ったこと
から、「うたうさか」→「うとうざか」へと転化し、地名になったのではないかと伝えられている。


          名鉄御嵩駅から 徒歩 50分、タクシー 10分



和泉式部廟所牛の鼻かけ坂寒念仏供養塔耳神社謡坂の石畳安藤広重浮世絵モデル地一呑の清水→御殿場休憩所山内嘉助屋敷跡                                                          
安藤広重浮世絵モデルの地
浮世絵 御嶽宿 モデル


 この地は安藤広重の浮世絵「木曽海道六拾九次之内御嶽宿」のモデルになった場所と推定される。
 広重は、御嶽の情景では宿場の中ではなく、山里の「木賃宿」を中心に、囲炉裏を囲んで談笑する庶民の旅の一コマをモチーフとして描いている。
 「木賃宿」とは、薪代を支払って自炊する簡易的な宿泊施設であった。広重の作品にこの「木賃宿」が登場するのは珍しい。


          名鉄御嵩駅から 徒歩 55分、タクシー 12分
 
                                                          
一呑の清水
一呑の清水


 街道を旅する人々の喉を潤した清水。清水は一間(約1.8m)と二間半(約4.2m)の石組みが2つに仕切られ、向かって左に一呑の清水碑と石地蔵が建つ。
 「中山道」の清水は旅人用が上に、牛馬用が下に造られている。文久元年(1861)、皇女和宮が降嫁する際、この清水を賞味され大変気に入ったといわれ、のちに永保寺(多治見市)に滞在の際、わざわざこの一呑の清水を取り寄せて点茶されたという。現在、一呑の清水は岐阜県の名水50選に選ばれている。


          名鉄御嵩駅から 徒歩 60分、タクシー 12分


        
御殿場休憩所
和宮 御殿場


 幕末、皇女和宮降嫁の際、諸之木峠の高台に休憩所として御殿がつくられた。和宮は眺めのよいこの地から京の方角を眺められたという。
 現在、御殿場から「中山道」を挟んだ向かいの高台に東海自然歩道の展望台が整備されている。


          名鉄御嵩駅から 徒歩 70分、タクシー 15分




                                                         
山内嘉助屋敷跡


 諸の木峠の御殿場を通り、坂道を下ると津橋という集落があり、その長閑な景観にホッとさせられる。ここには整備されたトイレがあるから、これからの坂道に備えておこう。この先が細くて宿への道程で、民家の前を通っていくと石垣が見える。この石垣が山内嘉助屋敷跡である。山内家は江戸時代に酒造業を営んでいたが、今は坂の途中に立派な石垣が残るのみとなった。中山道を通行する諸大名の休憩所として、旅する人々には一夜の宿として使われたようである。


          名鉄御嵩駅から 徒歩 80分、タクシー15分
御嵩駅からの所要時間は概算ですので、経由地の違い等で多少の誤差がある場合があります。
                                                          
説明文は歴史の道「中山道」保存事業整備報告書から抜粋しました。
詳細は御嵩町教育委員会 0574(67)2111 まで