Sightseeing Mitake-town



     
愚渓寺 石庭 臥龍 
臨済宗の古刹「大智山愚渓寺」
御嵩町観光協会  0574(67)0037

御嵩町見どころ散策

みたけの森鬼岩公園御嵩城址愚渓寺長岡観音尼が池鬼の首塚在原行平卿墳中切古墳
みたけの森
春 みたけの森


 昭和58年5月11日に開園した、自然景観に優れたため池も含めた約70haの広大な生活改善保全林で、アジサイ、ツツジ、サザンカ、桜、ケヤキ、カエデ、メタセコイアなど3万5000本の植樹が行われ、まさに緑の大庭園となった。「すずかけの径」「くれないの径」など、それぞれ特色ある子径を歩いていくと、しょうぶ園やさつき園、秋葉ため池や南山ため池、芝生広場などが次々と展開してくる。東海自然歩道の新コースに指定されるなどで、県内でも有数の自然森林公園となった。特に初夏のササユリの群生は、目を見張るほどである。

                                         外部サイト  みたけの森の植物
                                                  イラストマップ

       名鉄御嵩駅より南へ 徒歩 15分、タクシー 5分
       御嵩口駅より南東へ 徒歩 20分
鬼岩公園
秋 鬼岩公園


 御嵩町の観光の目玉ともいわれた鬼岩公園。昭和39年には飛騨木曽川国定公園の一翼として指定された。公園内は健脚向きコース、家族向きコース、夏でも涼しい岩穴くぐりコース等、多彩に楽しめる。一番の高所にある蓮華岩からの展望は、言葉を失う人も多かろう。渓谷の上流の松野池の完成により、より質の高い観光を楽しめるようになった。麓の駐車場付近には飲食店や温泉旅館も完備しており、優れた放射能泉である。中山道の観光と組み合わせるのもおもしろい。

                                          外部サイト   鬼岩観光協会
                                                    公園内案内マップ

       名鉄御嵩駅より東へ タクシー 10分
御嵩城址
金峰神社


 御嵩駅で下車し、御嶽宿を東方に向い歩く道すがら、右手に見える山上に櫓が見える。その名を御嵩城址公園というが、実際の御嵩城址は、その東方の権現山であった。今は金峰神社の社地となっているが、維新前には蔵王権現として祀られていた。御嵩城は室町時代初期の山城で、本丸、馬舎、畜舎、物見の跡が見られ、中世の山城の特色をよく残している。当時、小栗信濃守がこの城の城主であった。この城は双翼の構えをもち、自然の渓谷を利用した5段の土塁や堀を築いた難攻不落の城であったという。御嵩城跡一帯は東海自然歩道にも指定されている。


       名鉄御嵩駅より東南へ 徒歩 15分
大智山愚渓寺
愚渓寺 山門


 応永17年(1410)、京都妙心寺本山第五世の義天玄承開山の名刹。当初はは愚渓庵といい、現位置の北東奥の鈴が洞という山間にあり、室町時代の禅寺にふさわしい場所にあった。当寺所蔵の古絵図によると多くの塔頭をもつ広大な規模の本寺であり、臥龍石を配した石庭は京都竜安寺の石庭の基となったといわれている。しばらくはこの山中にあったが、山かげで寒気厳しく不便な場所であったため、天保11年(1804)から嘉永2年(1849)にかけて現在地に移転し、寺院の再興をはかった。
 新寺院も境内は広大で再現された石庭も格別の美しさである。現在地に移転の際、建立された多宝塔は愚渓寺西側に建つ二重塔で、万延元年(1860)に美濃の匠「野村杢頭作十郎国均」の設計による。


       名鉄御嵩駅より北へ 徒歩 10分
長岡観音
長岡観音


 伝教大師(最澄)の五世の法孫の浄蔵という名僧が東国教化の節、願興寺に立ち寄られた。その折に霊夢に「東方長岡の地に桂の霊木があり、常に天人之に拠る」とあった。翌日、長岡に来て、里人にこの由を聞き、山中深く分け上がられると、千年も経た桂があった。これこそ観音の霊地であると、浄蔵は感激し人々の協力を得て、この大木を伐り倒した。37日で観音像を一刀三礼して彫刻せしめたという。現在の十一面観音がこれである。長岡の人々は深く尊び、精舎を建立して信仰した。


       名鉄御嵩駅より東へ 徒歩 25分、タクシー 5分



                                                             
尼が池
尼が池


 長徳2年(996)金色の光りが四方に輝き、1寸8分の薬師如来の金像が蟹の背に乗って顕現したという。当時、正宝庵に庵を結んでいた行智尼は、この尊像を大寺の本尊の胎内に納めたといわれている。 
 以来、この地を尼が池と称すようになり、願興寺に蟹薬師という俗称が生じた。更に地名は可児をカコからカニと呼ぶようになったと大寺記に記されている。


       名鉄御嵩駅より 徒歩 20分、タクシー 5分、御嵩口駅より南へ 徒歩 7分
鬼の首塚
鬼 首塚


 伝説によれば、鎌倉初期の建久年間、鬼岩(国指定名勝天然記念物)に住み着き、悪さをして御嵩の人々を困らせていた関の太郎という鬼がいた。正治元年(1199)地頭・纐纈源吾盛康の使いであった4人の武士は、市で謀りをしてこの鬼の首をはねた。その首を運ぶ途中、急に重くなったのでここに埋めた。それがここ「鬼の首塚」である。
 弥次喜多道中で知られる「木曽街道続膝栗毛」の作者「十返舎一九」も「追縄手、今もその名を朽ちざりき、塩漬けにせし鬼の首かも」と詠んでいる。

                                           外部サイト「関の太郎伝説」 鬼の首塚


       名鉄御嵩駅北西へより 徒歩 15分、御嵩口駅北へより 徒歩 7分
在原行平卿墳
在原行平 


 「中山道」関係の道中記にもしばしば登場する在原行平卿碑。行平は(818〜893)は在原業平の兄であり、共に和歌を好んだ歌人である。行平は平安時代初期の美濃守であったことから、後世にその徳を偲んで地元民より建立されたであろう。


        名鉄顔戸(ごうど)駅より、徒歩数十歩
中切古墳
中切古墳


 御嵩町一帯を西に望む高台にあり、美濃地方で最も東に位置する前方後円墳である。前方部は土取りのために削り取られているが、全体的に原形をよくとどめている。全長42m、後円部の直径28.5m、高さ4.7mであり、頂部の高さは後円部より僅かに低い。後円部には南向きに横穴式石室があり、玄室の長さ7.3m、幅2.15m、高さ2.4mで、羨道の長さ3.3m、幅1.3m、高さ1.5mである。


        名鉄御嵩駅より 徒歩 35分、タクシー 10分

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それぞれの位置は 御嵩町案内マップ で表示 御嵩駅よりの所要時間は概算です。経路その他で多少変わる場合があります経路地図はgoogle mapにて
説明文は一部「御嵩町史」及び「御嵩町の文化財」から抜粋しました。
詳細は御嵩町教育委員会 0574(67)2111 へ